今回の歴飯では、[歴飯_62]mokichi cafeに続き、湘南地域唯一の蔵元「熊澤酒造」本社敷地内、「蔵元料理 天青」を訪ねた。
店内での食事に先立ち、敷地内レストランの利用者向けガイドツアーに参加した。
熊澤酒造は「よっぱらいは、日本を豊かにする!」の社是を掲げ、今では日本酒だけでなく、ビール等のブランド酒を持ち、歴史的建造物を再生した緑豊かな敷地内は、多くの来場者で賑わう。明治5(1872)年創業の歴史ある蔵元であったが、戦後の米不足等の理由から三増酒(三倍増醸酒)中心となっていた酒造りを改革し、日本酒ブランド「天青」や麦酒ブランド「湘南ビール」、近年では酒麹から作る粕取焼酎をベースとしたクラフトジン「白天狗」、ウィスキーの醸造にも着手する等酒造りの幅を広げてきた、酒蔵の歴史や敷地内にある歴史的建造物を活用したレストランについて、丁寧な解説付きで巡ることがで、豊かな場ができるまでの軌跡に触れることができた。
ガイドツアーの終着点はこれから食事を取る「蔵元料理 天青」である。酒造のブランド酒である「天青」の名前を冠する、大正時代に建てられた酒の仕込蔵を改装したレストランとなっている。
杉玉の下がる玄関を潜り、かつて使用されていたであろう清酒用精米機や徳利が展示され、長い月日が刻み込まれた味わいのある柱や梁の軸組を間接照明が優しく照らす店内を通り、。酒の仕込蔵であった時代の「麹室」を改装した席にご案内いただいた。
温湿度の管理が必要な麹を作っていた部屋ということもあり、壁は煉瓦積み(煉瓦を長手のみの段と短手のみの段で交互に重ねるイギリス積)となっている。先々代の蔵元が自ら積んだそうだ。工場と隣接しており、酒仕込みの様子が見られるよう、一画には大きなガラス窓が設けれている。麹室は店内の他の客席より一段低い位置にあることもあり、席から窓越しに竹林の緑が映える。何ともこだわり抜かれた場の設えに、提供される食事への期待がぐっと高まる。
今年は開店20周年ということもあり、「吟望アニバーサリーコース」をいただくことができた。食前にまず飲み物をオーダーする。筆者は「季節限定3酒ききくらべ」、同行者は「天青4酒ききくらべ」を選択した。
しばらくするとオーダーした飲み物が運ばれてきた。「季節限定3酒ききくらべ」は、それぞれ、クリーミーな発泡感が味わえる「天青 愛山 活性酒」、爽やかな酸味と甘さが特徴の「天青 雄町 白麹仕込み」、酒米の「酒未来」を使用した「天青 酒未来」が注がれた片口漆器とグラスが3つづつ盆に載せられている。一方の「「天青4酒ききくらべ」は、熊澤酒造の限定流通品「雨過天青」「千峰天青」「吟望天青」「風露天青」が4つのグラスに注がれ専用の盆に載せられて運ばれてきた。
早速、乾杯をし、飲み比べを始めたところで、今度は料理が運ばれてきた。
コースの始まりは先付の「サワラの麹漬け 薫製仕立て」。一口運ぶと燻製の香りが鼻の奥に広がる。
続けて前菜の「稚鮎の霰揚げ 熟成粕山葵漬け添え」「初夏野菜と湯葉 蟹餡かけ」「鶏白レバーの西京焼き 合鴨ロース仕立て」「ヒラメの昆布〆の砧巻 水雲吸い酢ジュレ」が運ばれて来た。ナスやゴーヤの夏野菜が味で、ジュレは紫陽花を模していて眼で初夏を感じさせてくれる。
そこから、いよいよ料理もメインにさしかかり、温菜「裏白椎茸 紅衣揚げ」、主菜魚の「金目の冬瓜蒸し 貝出汁と餡かけと浅利の酒蒸し」、主菜肉の「蔵元厳選豚肩ロースの麦酒たまり漬け焼き レフォールソース」と運ばれて来た。湘南ピールのシュバルツ、溜まり醤油、蜂蜜に漬け込んで焼かれた豚ロースが絶品である。最後はオリジナルのふりかけと香物、味噌汁が添えられた「湘南米」のご飯。ご飯の香りがしっかりと伝わって来た。
甘味には「甘酒豆乳ブラマンジェ」。バーブティを合わせてコースを終えた。
落ち着いた空間の中でも、芳醇な味わいと、ライトアップされた初夏の青葉を楽しむことのできた、贅沢な時間であった。
天青の創業は明治5(1872)年。鉄道開業と同時期ということで、今年は150周年にあたる。その間には関東大震災、太平洋戦争、戦後の経営危機とさまざまな状況を乗り越えて、今や地域の観光拠点となっているばかりではなく、歴史的建造物がしっかりと活用されており「歴史を生かしたまちづくり」の見本とも言える。
決して交通至便な場所ではない蔵元のレストランに各地から人々が押し寄せる。歴史的建造物のポテンシャルを再認識させられる活用の事例として、一度は訪れていただきたい。
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