鶴岡八幡宮の参道として多くの観光客で賑わう若宮大路。その沿道に六連の半円アーチ窓とスクラッチタイル張りの外観が特徴的な店舗がある。「物産貝細工製造卸湯浅商店」(現:湯浅物産館)は、明治30年(1897)、湯浅新三郎により、鎌倉の土産物として貝殻を美しく加工した貝細工の製造加工・卸売店として創業したそうだ。現在の建物は、関東大震災を経た昭和11(1936)年に建替えられている。今回の歴飯で紹介する「カフェ久時(ヒサキ)」は、この湯浅物産館の直営店である。
改めて建物を見ていく。2階正面の六連の半円アーチには額縁飾りが付き、一面スクラッチタイル張りの外観に対して、アクセントが効いている。正面に掲げられた「物産貝細工製造卸湯浅商店」の文字は当初は金箔張りであったそうだが、戦後の改修で銀になったそうだ。同店は、歴飯_122でも紹介した「看板建築」と呼ばれる建築様式であり、その歴史的価値等が評価され、平成15(2003)年には鎌倉市の景観重要建築物等に指定、令和3(2021)年には国の有形文化財に登録されている。
店内に入ると中央にトップライト(天窓)があり、吹き抜けを介して1、2階に光が差し込んでいる。これは、広い店内奥の部分にも採光を確保するためと思われるが、 この時期の建築としては珍しい造りである。平成26(2014)年に耐震補強とリノベーション工事を行い複合商業施設となったこともあり、店内には着物スタジオ等カフェの他にも複数の店舗が入居している。吹き抜けに目を奪われながら、1階奥の「カフェ久時」に入ると、正面にカウンター、奥に中庭が設けられており、中庭と店内を隔てる建具には、風情を感じる色ガラスが嵌められている。飴色の天井梁と合わせて、建設当初の雰囲気を感じられるような内装が随所に見られる。
入口脇の席に着き、鎌倉ブレンドの珈琲と限定のアップルパイを注文した。アップルパイは、薄めの生地に大きなリンゴがゴロッと入っており、甘さも程よく美味しい。酸味の効いたヨーグルト風味のムースが添えられており、食べ応えがある。香り豊かな鎌倉ブレンド珈琲と合わせて贅沢な時間を堪能することができた。
店内には同店や若宮大路沿道の古写真も展示されているので、飲食の合間で眺めて欲しい。時代と共に変わっていく若宮大路沿道の風景の中にあって、古都鎌倉の歴史を感じられる店舗は少なくなってしまったが、湯浅物産館のように歴史的建造物を活かした店舗があることで、街の歴史にアクセスできる。鎌倉散策の際は、是非こうした歴史ある店舗で一息吐いてみてはいかがだろうか。
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