JR横須賀線北鎌倉駅西口から建長寺方面に向かう。昭和55(1980)年創業の「喫茶吉野」は、かつて縁切寺としても知られた古刹東慶寺門前に店を構える。折り重なった屋根と明り取り、煉瓦の外壁を持つどこか山荘のような外観だが、「むくり」と呼ばれる柔らかな曲線の付く瓦葺きの屋根は、寺社や数寄屋造りの民家も彷彿とさせる。
和洋折衷の独特な外観を持つ喫茶吉野は、建築家・故榛沢敏郎が手掛けた。榛沢は、鎌倉の地で長く設計活動を行っており、北鎌倉駅前の「喫茶 門」、「やま本きそば」、東慶寺脇のイタリアン「La cocina de Gen」、東慶寺境内の「松岡宝蔵」をはじめ、鎌倉の風土に根差した建築を多数遺している。また、モダニズムの建築家・山口文象が設計し、現在「宝庵」(浄智寺境内)として活用される茶室を取得し、修繕したことでも知られる。
店内に入ると、黒柿色の柱や壁にシャンデリアやスタンド等の灯具が深い陰影をつくり出す。大きな木製サッシから店内に映し出される庭の草木は、劇場のスクリーンのような演出だ。手前は木タイルの床、奥は煉瓦の床となっており、奥は半屋外のようにも使用できる設計となっている。奥の席に着き、紅茶とフルーツケーキのセットを注文した。フルーツケーキは、スパイスやラム酒の効いたドライフルーツにしっとりとした食感が癖になる。紅茶や珈琲との相性に拘ったケーキは、アッサムティーのコクと渋みに合わせて華やかな味わいを楽しむことができた。
古来より祈りの場となってきた東慶寺門前で古都鎌倉に受け継がれてきた風土と向き合う「喫茶吉野」。日々の喧騒を忘れて、閑に鎌倉を味わってみてはいかがだろうか。
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