小田急線「読売ランド前駅」北口改札を出て、世田谷通り(津久井道)を渡り、多摩自然遊歩道に向かうと、そのとば口の左手に「カフェ・デ・シュロ」がある。駅から徒歩3分くらいの距離である。
敷地に入ると、まず「カフェ・デ・シュロ」と「TRANSSIDE COFFE」と並べて書かれた看板が迎えてくれる。それとは別に「トランサイド珈琲」と書かれている三角屋根の不思議な自動販売機が目に入り、とても気になったが、ますば店内へ向かう。コの字型になっている大きなアパートの一角を改装した店舗は1階が入口となっており、ガラスのはまった引戸を引いて中に入ると、「いらっしゃいませ。お二階へどうぞ。」と案内される。
内部の階段で2階に上がると、天井が取り払われた開放的な空間に、中央の梁を除いて壁と柱は白く塗られており、天井ではシーリングファンが回っている。もともとアパート2部屋分の間取りだったのであろうか、その間の壁を取り払って、続き間になっている。客席はソファ席中心で、一部が小上がりとなって、窓際にはカウンター席が配されている。好きな席に座って良いとのことだったので一番奥のソファ席を選んで座った。高級というわけではないが、使い込まれたソファの座り心地が良い。
メニューに目をやると、ランチメニューに「シュロ特製ドリア」「シュロ特製カレー」「選べるピザ(生ハムとバジル・野菜・クラトロ[4種チーズ])がラインナップされ、いずれもサラダと飲み物付きである。そこから、熱々の焼き立てを期待して「生ハムとバジルのピザ」を選び注文した。
客室には腰高の書棚が所狭しと並べられていて、さながらブックカフェのうようである。静かなBGMが大きな据置スピーカーから流れてくる。長居を決めているに違いない老夫婦やハイキングの装備で身を固めているペア、近くにこの4月までキャンパス構えていた女子大の関係者と思われるグループなど次々と来客があり、注文の品を待っている間に、あっという間に満席の様相となった。
しばらくすると、注文の品が運ばれてきた。まずはフレッシュサラダ、続いて角が丸くなった長方形に整形されたピザが運ばれてきた。期待通りの出来立て熱々。生地がフワフワ、もっちりとした食感、チーズとともに生ハムとバジルが香りたっていた。
6つのピースに分けられていて、半分ほど食べ進めた後、添えられていた「辛いオイル」を少し垂らして食べると、さらに生地の甘さが引き立ち、飽きることなく最後まで食べ進めることができた。
シュロの最寄駅である小田急線「読売ランド前駅」は、もともと昭和2(1927)年に「西生田駅」として開業した。当初、小田急線の開業にあたっては、小田急電鉄は、生田村には「生田駅(現・生田駅)」だけを作る計画であった。ところが地形的に生田村のほぼ中央にあたる現在の「読売ランド前駅」あたりにも駅が欲しいという声が起こり、村会議員の間でも決着がつかず、12人の村会議員が総辞職する騒ぎにまで発展したといわれる。
結局、当時の橘樹郡の郡長が仲裁に入り、生田村というひとつの村の中に、「東生田駅(現・生田駅)」と「西生田駅(現・読売ランド前駅)」という二つの駅を開設するということで決着がつくことになった。その時、「西生田駅」の敷地(1200坪)を寄付したのは西生田の地主・白井忠三郎であった。また、駅舎は、細王舎(地元の脱穀機のメーカー)が寄付した。 建設費は3000円といわれる。今も「読売ランド駅」前に、敷地を寄付した白井家の茅葺きの家が現存しており、地域のランドマーク的な存在になっている。
昭和39(1964)年、「よみうりランド」が開業したことで「西生田駅」は「読売ランド前」駅に改称し、同じタイミングで「東生田駅」は「生田駅」へと改称された。
本棚に並んでいる本の中から面白そうなものを手に取って眺めていると、デザートとコーヒーが運ばれてきた。デザートは紅茶のシフォンケーキ。チョンっと生クリームとミントがのせられている。そして杏子のシャーデット。コーヒーは、店前のトランサイドコーヒー工場(こうば)で焙煎されている。濃く淹れているのに、まろやかで苦味もしっかりした、香り高いコーヒー。ケーキとコーヒーを、少しずつ交互に味わいながら、いただいた。
帰りに会計をするため、1階に降りると、シェフが忙しそうに調理をしていた手を止め、「ありがとうございました。」と優しいそうな笑顔で対応してくれた。1階のショーケースには地元の手作りケーキのほか、地元の野菜や卵まで並べてられていた。1階には、キッチンのほか、テラス席とギャラリーがある。この日、ギャラリーは貸切で中を見ることができなかったが、中から聖歌の合唱が聞こえてきた。その声を聞きながら、幸せな気持ちで店を後にした。
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